母が認知症になったことで得られたもの

認知症になると、大概の介護者の方が「大変だ」「くたびれた」「なんでこんな目に遭うんだ」みたいな不満や不平を口にされます。これは経験してみないと分からないことですが、本人の行動の意味がわからず振り回されるからなんですね。認知症は病気なので、得られるものなどなにもなさそうに見えます。でも私は得られたものがありました。

母が認知症になったから得られたもの

認知症は間違いなく脳の病気で、母もこの病気を発症してからは物忘れが増え、大事な用件(通院や服薬)も忘れて「しれ~」っとするようになりました。元教師の母からすると考えられません。

今でも月に1度は通院していますし、会社を休んで母を病院に連れていくのはなかなか大変ではあります。自宅にいても目が離せません。認知症の家族をもつと、やはり大変だー!なのです。

でも母が認知症になってから、母と過ごす時間はかなり増えました。ふらふらと外出して行方不明になったら困る…ということで休日も母と外出したり散歩をしたりと、見守りをずっと続けているわけです。

母といる時間が増えたことで母の思い出話を聞く機会が増えましたし、オレンジカフェで一緒に折り紙をしたり、散歩をしながら思い出話をしたりと交流の時間はかなりもてたような気がしますね。

もし母が認知症にならなければ、母との時間はあまりなかったはずです。母はしっかり者で過去のことを話すのはあまり好きではなかったので、私もあまり話しかけないようにはしていました。

でもこの病気になったからこそ、母との時間がもてるようになったのです。そういう意味では病気に感謝しなければならないかもしれません。

病気はマイナス面だけではない

誰だって病気にはなりたくありません。病気になれば治療費もかかりますし、行きたくもない病院に通わなければなりません。辛い治療も経験します。

誰でも好きで病気になるわけではないので、病気になることでプラス面は何もないように感じます。でも個人的には「病気(不幸なこと)が起きるには理由がある。そこからなにか学べるはず」と考えているので、病気になったとしても学ぶ姿勢はもちたいと思います。

病気になるとそれまで縁のなかった病院(医療機関のスタッフなど)と縁がもてていろんな方のお話がきけるのは良い刺激になります。人は必ず「死」に向かっているわけですが、それまでの間、どんなことが学べるのか、どんなことを考えられるのか、それが大事ではないかと思います。

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