認知症の方が安心して暮らせる時代は来るのか?

認知症という病気について、どんなイメージを持たれていますか?たいていの方は「よく分からない病気」「気味が悪い」「物忘れ」などという単語が出てくるのではないかと思います。認知症の方が交通事故を引き起こしたり徘徊するなどイメージは良くないですね。でも認知症の方が安心して暮らせる世の中になれば皆も安心して暮らせるのではと思います。

地域のつながりが希薄になっている現実

私の住んでいるへき地でも、地域とのつながりはどんどん希薄になっています。昔は「〇〇さんちのおばあちゃんはボケている」など、割合地域の方々が周辺の家庭事情を知っていました。

認知症になると徘徊する方もいますので、外をうろうろされている方には「ちょっと、どこに行くんですか?」と声を掛けることもできます。地域全体で見守りを行っていたわけです。

ところが今は、そんな見守りをするおせっかいな方がいません。ですから隣の家に不審者がいても、その方が不審者なのか親族なのか、まるで分らないです。都会ならなおさらではないでしょうか?

もちろん周囲から見張られているような気がして落ち着かない、というご意見もあるかもしれません。でも安心して生活するためには、周囲の方の見守りは欠かせません(干渉とは違います)。

認知症の方が安心して暮らせる世の中

これは理想かもしれませんが、認知症の方が安心して散歩(結果的に徘徊になってしまうにしても)ができる世の中になれば、それはきっとすべての方にとって住みやすい世界だと思います。

最近は高齢者だけではなく、小さなお子さんが誘拐されたり行方不明になるケースもあります。街には死角もあり完全に行方不明を防ぎきれるものではありませんが、通行人や地元の住民が少し気を付けて道路や公園をみていれば「あれ?おかしいな」と思える光景を目撃するかもしれません。

高齢者がうろうろしていれば「あら?おかしいわね」と思うでしょう。でも他人に関心がなく「関わらない方がいいから」と素通りしてしまうような世の中では住みにくいと思います。

厳しく監視するのではなく、見守りをしていく世界。そんな時代、そんな世界は来るのでしょうか?

日本の高齢化はどんどん進んでおり、認知症患者の数も増え続けることが予測されています。「私は認知症には絶対ならない」「私の問題ではないから」こう思っている方は、認知症に対する勉強をほとんどされていません。

もちろん、自分自身が、またご家族が認知症にならなければ自分の問題として認識できないのは当然ですが、これから認知症の方が増えていきますので、他人事と片付けずに自分の問題として考えてみるのも悪くないと思います。

この病気は、いつ、だれが発症してもおかしくない病気なので、変な偏見や差別感情は持たない方が良いです。

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